文=田中亮多
3月10日と11日、侍ジャパンが欧州代表を東京ドームで迎え撃つことが決まった。
世界野球・ソフトボール連盟(WBSC)のリカルド・フラッカーリ会長以下、球界関係者が歴史的と口を揃えるこのシリーズ。しかし、ヨーロッパ大陸から遥々やってくる28人の猛者たちをよく知る者は、日本国内では極めて少数派なのではないだろうか。欧州代表とはいかなるチームなのか。欧州代表の選手たちの素顔と、彼らが胸に抱く思いに迫った。
「野球というスポーツ自体にとって素晴らしい機会だ。今、野球界がグローバリゼーションの時代を迎えているということを思い出してほしい。こうしたイベントは、我々のスポーツにとって物凄く大きなものを与えてくれるだろう。今や、野球をプレーしているのはアメリカとアジアと中南米だけではない。ヨーロッパも、オーストラリアも、アフリカも、皆この世界でベストなスポーツをプレーしているんだよ」
一昨年、野球ブンデスリーガを制したドイツの強豪、レーゲンスブルグ・レギオネーレの指揮官に今年から就任したロドリゲス監督は、今回の「日欧野球」の開催意義について問われそう答えた。
おそらく大半の野球ファンにとって、ヨーロッパ球界が日本やアメリカとは全くの別世界であるのと同じように、ヨーロッパの野球人にとってもまた日本やアメリカの野球界は遠い存在であると言っていい。ただし、その意味合いは多くの日本人が抱いているであろう「カーテンの向こう側」というイメージとは少し趣が異なる。
ヨーロッパ大陸における野球の姿は、日本やアメリカにおけるものとは全くの別物だ。そこには年間100を超える試合数をこなす国内リーグもなければ、国内屈指のメジャースポーツであることを前提としたメディア報道やファンベースもない。そもそも野球のみで生計を立てられる選手自体「大陸全体で10%もいないだろう(ロドリゲス監督談)」。これが半世紀以上にわたって続くヨーロッパ野球のスタンダードである。
だからこそ欧州諸国でプレーする選手たちは、自らが置かれている環境と対極にある日本球界への憧れを隠そうとはしない。イタリアのIBL(イタリアンベースボールリーグ)におけるゴールドグラブ賞や盗塁王の常連で、2013年にはWBCにもイタリア代表として出場したファン・カルロス・インファンテもその1人だ。昨季のリーグ王者であるUGFフォルティチュード・ボローニャ1953所属で、かつてはG.G.佐藤(元埼玉西武、千葉ロッテ)とも同僚だった33歳の遊撃手は、このオフに入って日本球界への移籍を本格的に目指している。
「もっとレベルが高く、多くの試合がこなせる国でプレーしたい」とインファンテは言う。「俺は今まで色々な国で野球をやってきた。ベネズエラ、アメリカ、カナダ、ニカラグア、イタリア…。今はマイナーのAAA級でだってプレーできる自信があるよ。今度は、自分が世界最高の野球大国のひとつである日本でも成功できると証明したいんだ」
NPBという世界でもトップレベルのプロ野球リーグの存在は、インファンテやロドリゲスの目から見れば功罪分かれる部分があるだろう。日本が野球大国としての確固たる地位を築く原動力となる一方で、ペナントレースの隆盛でプロ野球が国内で成熟したスポーツコンテンツとなった為に、サッカーのような代表戦という形が日本国内でなかなか定着しなかった。そのことは、ヨーロッパのトップ選手たちが、日本のトップ選手に挑戦する機会がなかなか実現しない要因となった。常設化された「侍ジャパン」によって、その状況は大きく変わりつつある。その壁がようやく崩れることとなった今回の2試合が、彼らにとって単なる親善試合などではないことは言うまでもないだろう。これは文字通り、ヨーロッパ球界全体の未来を賭した戦いだとも言える試合なのだ。
一方でヨーロッパ球界にも、野球発展のための「光」の側面があることにも触れておく必要がある。ロドリゲス率いるレギオネーレの本拠地「アーミンウルフ・ベースボールアリーナ」は、最大1万人を収容する内外野総天然芝の美しいボールパークだ。アメリカのマイナーリーグと比べても何ら見劣りしないスタジアムを持つ彼らのような球団は、大陸のあちこちにごく当たり前に存在する。
また日本ではG.G.佐藤のイタリア行きが話題を呼んだが、MLBやマイナーで経験を積んだアメリカやドミニカ、ベネズエラといった国々出身の選手が助っ人として採用されるのは、今やヨーロッパでも当たり前になっている(インファンテもロドリゲスも、元はベネズエラの生まれである)。つい昨日までAAA級やAA級でプレーしていたような選手たちによって競技レベルが大きく向上し、そこで腕を磨いた若いヨーロッパ人選手がMLBから評価されて渡米することも珍しくはない。今やパ・リーグ屈指のリリーバーとなったアレックス・マエストリ(オリックス)のように、実際にトップレベルで結果を出す者も現れ始めた。「我々のチームはこの試合でベストを尽くして、君たち日本人が思っているよりもずっと難しい試合にするつもりだ」というロドリゲスの言葉にも、ただの戯言では片づけられない重みがあるのだ。
ならばカーテンが開け放たれた今、侍ジャパンが果たすべき務めはただ1つ。この名もなき挑戦者たちを、本気を以て迎え撃つことだ。この2日間を、日欧双方の選手がどのような思いを持って戦うか。それは今後何十年というヨーロッパ球界や世界の野球界の長い未来はもちろん、27個目のアウトを取った後というごく近い未来をも左右することになるだろう。欧州代表の選手たちには築き上げた名声こそなくとも、侍ジャパンが一瞬でも気を抜けば、ヨーロッパ野球の底力で一太刀浴びせるという姿勢で試合に臨んでくるのだから。