文・写真=野中寿人
代表チームの監督という立場から、私的な感情を国際大会の中に持ちこんではいけないのですが、どうしても数分の間、自己の感情に浸ってしまう瞬間があります。
それは日本代表との試合前のラインナップで、日本の国歌である「君が代」と、インドネシアの国歌である「インドネシアラヤ」両国の国歌を斉唱する時です。
2009年の第25回アジア選手権大会、成田ラウンドの時もそうでしたが、今回の第27回アジア選手権大会も同様に、全身が鳥肌に襲われ、胸から喉へ自然と熱い想いが舞い上がって来ました。
私はインドネシア代表のラインナップの先頭位置に立っており、ホームベースを挟んで直ぐ横に日本代表の首脳陣、選手たちが並んでいます。当然、君が代の国歌斉唱時には日本代表の皆さんが視野に入ってくる訳で、そして、日の丸に見入りながら、日本での野球キャリアを途絶えさせてしまった私が、敵国として君が代を聞いています。君が代を口ずさむことは許されず、その瞬間、日本人であって日本人ではない自分は、インドネシア国旗を歌い、敵国の日本への闘志を燃えたぎらせる不思議な数分間です。
実際、試合は現状のインドネシア代表の力量では絶対に勝てません。これは誰もが分かっていることです。それであれば日本代表の鉄壁の守備シフトをかいくぐり、送りバントを1発で決めるとか、勝てなくとも意味のあることを試合の中に持ちこみたい。今回のチーム編成では無理でしたが、2009年の時は全選手出場で無失策を記録しています。
また、日本トップレベルの素晴らしい選手の方々と対戦が出来ることは、野球の神様から頂いた最高のプレゼントだと思っています。ですから、レギュラーのスターティングメンバーだけでなく、ベンチ入りしている選手全員を日本代表戦には出場させます。野球途上国において次にいつ?日本代表と対戦できるチャンスが来るのかは定かではないのですから。
そして、インドネシア野球らしくベンチで歌って踊って試合をすればいい。ヒットが打てれば喜べば良いし、三振を取れればマウンドでガッツポーズをとれば良い。思い切り勝負に行って空振り三振でも構わない。インドネシアで教えているのは基本となる部分は野球です。しかし、枝葉はベースボールです。スタンドの応援をベンチの中で選手たちが自ら行います。こんな風景を見て、日本代表の方々が「こんな野球があるんだぁ」と気にして頂ければ、(私からみると)時々堅苦しい印象を覚える日本の野球が、もしかしたら少し柔らかくなるかもしれない。
インドネシア代表の選手たちが、彼らの人生の中で、孫の代にまで語れる、家族の宝物を与えてあげたい。これは日本代表戦にベンチ入りしたインドネシア代表の選手たち全員が得られる権利です。この権利を監督の独断で偏らせてはいけない。選手たちが頑張ったからこそ、日本代表と試合が出来る国際大会へ出場が出来たのです。監督が偉いからでもなんでもない。だから思い切り楽しめば良い。でも、だからといってダラダラとせず、失礼の無いよう様に、持っている力を100%出して試合を行う。
以上が、日本代表という特別なチームと試合を行う上での信条です。そして私自身は、どんなにラインナップの時に熱い想いが込み上げてきても、絶対に「君が代」では泣きません、私はインドネシア代表の選手たちと一緒に「インドネシアラヤ」で泣きます。
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著者プロフィール
- 野中 寿人(のなか かずと)
- 1961年6月6日生。日大三高野球部在学3年の夏に西東京代表にて全国高等学校野球選手権大会に出場。
その後、日本大学体育会硬式野球部へ進学。日本大学では1年の秋から体調を壊し2年間の休部をし、現役野球人生を終える。大学卒業後は、フィリピン、サイパンなどで仕事をし2001年にインドネシアのバリ島へ移住。2004年からバリ島の子供達に野球を教え始め2005年にリトルリーグを発足。2006年にはバリ州代表監督に就任、また、クラブチームを発足。2007年にはインドネシア代表ナショナルチームの監督に就任。2007年のSEAゲームスで銅メダル、2009年のアジアカップで優勝、同年のアジア選手権大会へ出場。その後、インドネシア代表ナショナルチームの監督を辞任し、地方州底上げの為に、東ジャワ州代表監督に就任。2011年のインドネシア国体予選で準優勝、2012年のインドネシア国体前哨戦で優勝、同年のインドネシア国体決勝大会で銅メダル。そして2014年からインドネシア代表ナショナルチームの監督に復帰をし、2015年の東アジアカップで準優勝。
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